ひと月たちました。

1月28日に三女 祐季(ゆうき)が生まれ、ひと月が経ちました。

 

先日の1ヶ月検診。助産師のF先生が来てくださる最後の検診でした。

検診では、発育は順調。何も問題なし!と。

そのあとも、話は多岐にわたり・・・家にこもりっきりの私には、気分転換もかねた、ありがたいひとときとなりました。

 

今回で3度目となった自宅での出産。

 

自宅で!!???と驚かれることも多いのでその経緯を少し振り返ってみようと思います。

 

2005年、第一子の妊娠がわかり、産科を受診しました。人気の産院で、毎回、待ち時間も

長く、検診は慌ただしく・・・。それでも、マタニティーヨガに通ったりしながら、楽しく7ヶ月まで通いました。

一方で、お産に関して、自分なりにいろいろと学び、情報を集めるなかで、病院の体制的なことなどで「?」が

いくつか出てきました。

分娩台ではなく畳の上で好きな体勢で産みたい。というようなことも、

漠然とながら思うようにもなった、ちょうどその頃、助産師をしている友人を通してF先生と出会いました。

その方が、自宅出産をメインに扱われる開業助産師さんでした。

 

私より一回りほど上の女性で、開業助産師としての経験も重ね、

職業人として自分も10数年先にはこうでありたいと思う、熟練の雰囲気をまとった素敵な方でした。

お会いしていろいろ話す中で、「はじめてのお産。この人と一緒に臨みたい!」と思わせて

くれる、あたたかさ、頼もしさ、でも、『産むのはあなたよ』のはっきりとしたメッセージに

強く惹かれました。

そんなベテラン助産師さんが、24時間、365日、自分たちのためにスタンバイしていてくれる!

なんて贅沢な話なんだ!と。

 

夫も、双方の両親も、私の意思を尊重してくれ、誰も反対しなかったことは、とても有難かった。

(後で聞いた話。実父は「そんな変わったことせんとふつうに産めよ」とこぼしていたらしい。その意見は

母が間に入ってガードしていてくれたよう。産後、F先生がこういう道にすすんだ経緯など、いろいろ聞いた

母が、私の想いも含めて父に力説したところ、父、感動して泣いていたらしい・・・これも後で聞いた話。)

 

変わったことをしたい訳ではない。どう産みたいかを考えた結果、たどり着いたのが

こういうかたちだったのだと思う。この選択をするからには、妊娠中の自己管理に

人並み以上に気をつかわないといけないことも覚悟の上での決断でした。

 

医療の力が必要なお産ももちろんある。私も、もしものときにお世話になる産院も決まっていて

何度かの検診はそちらで受けていたからこそ、安心して当日に臨めたのだと思う。

初めての妊娠中に手にした、ある雑誌に

『産み方は生き方。大切な瞬間によせて』という言葉をみつけ、背中を押されたことも思い出す。

 

第一子(なつき)が誕生した日。まだ起き上がれない私の枕元で、祖父母たちもあつまって赤飯と鯛で

お祝いの宴をしたこと。

その日の夜、家族3人で川の字になって寝たこと。

産後5日間、F先生が訪問ケアに通ってくださった、その時間も、とても贅沢で愛おしい時間だったこと。

第二子(きみか)誕生のとき。2歳のなつきが「かーちゃんがんばれ~!!

いたいのいたいのとーちゃんにとんでけ~」と枕元で懸命に応援してくれ、笑ったこと。

でも、いざ生まれてくるのを目の当たりにして「痛い~!」と大泣きしたこと。

お産当日、先生の助手的なはたらきもしていた夫。タイムキーパーを頼まれ、わざわざPCをたちあげたのに、

いざというときに、画面はスクリーンセーバー、なんてこともあったなぁ。

 

そして今回。

陣痛の合間に夫が具だくさん味噌汁を作ってくれたこと。

苦しむ母の手をこどもたちが握っていてくれたこと。

きみかに、「かーちゃんよくがんばったな!きみちゃんがいいものあげるからな!!」と、労われたこと。

生まれたよーの電話にとんできた母が作ってくれた梅干しおにぎりの美味しかったこと。

祐季を抱いて、とっても誇らしげに写真におさまった姉ふたりの表情!

 

そんな小さなエピソードの数々が、わたしたちにとってはとても大切にしたいことなのだと、

3度のお産を振り返って改めて思う。

 

ひと月たち、

長女なつきは、少しでも祐季がぐずるととんでいき、ささっと抱き上げて、トントンと。

「お母さん!ゆうき泣いてたから寝かせといたで」と。ほんま、助かってます。

次女きみかは、お姉ちゃん風を吹かせたかと思うと、派手に赤ちゃん返り的な大暴れ、大泣きをしたり。

複雑な胸の内、お察しします(笑)

 

そして祐季。大きく生まれ、しっかり飲んで、しっかり眠って、1ヶ月にして、貫禄あります。首も座りつつあります。

姉たちの大騒ぎをお腹の中で聞いていたから慣れたものなのか、周りが騒がしくても

結構落ち着いています。どんな成長をみせてくれるかな?姉二人とはまた違った個性を見せてくれるのが楽しみです。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3人目の女の子。我が家にやってきてくれたなぁ・・・としみじみ想いつつ、姉二人が不在のお昼間、

ふたりきりでとびきり穏やかな時間を過ごしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント: 4
  • #1

    猪谷 善久 (月曜日, 11 3月 2013 11:47)

    とてもほのぼのとした気持ちで読ませて頂きました。実は、長女のところは、この1月23日に孫(歌歩:かほ:といいます。とても歌が好きで、幼稚園のクラスでも一番上手に歌います。婿と一緒にビートルズの真似事や、松山千春を歌ったり、異邦人を歌ったりと、レパートリーはかなり広いです。)は4歳になりましたが、昨年末には、本当は「お姉ちゃん」になっていた筈なんです。妊娠3ヶ月に入った直後に、子宮内に雑菌が大増殖して(入院して検査で始めて判ったんのですが)、急いで入院してからたった二日で、流産してしまいました。それまでは、私も女房は二人の女の子を、次女などは私の祖母の49日を済ませて、高野山に行ってから始めて妊娠にきづいた様な元気者でしたので、妊娠すれば元気に生まれてくるのが当然の様に考えていましたが、決してそうではなく、親子共々無事に出産するというのは大変なことなんだと、その時、女房ともども気づいた様なことでした。そういう境遇からすると、村上さんのところはとても上手に子育てをされ、自身の健康管理にも十分な気を使っていることと思いました。とってもお姉ちゃん達の様子が手に取る様に判る文章でした。お体を十分にいたわり、孤軍奮闘の「とうちゃん」を女性軍で圧倒して下さい。

  • #2

    藤井一成 (月曜日, 11 3月 2013 12:21)

    本当良い話でした。
    我が家は一人目は、陣痛から38時間、二人目は。。。忘れたけどめっちゃ早かった。
    奥さんの実家近くの評判の良い産婦人科で出産しました。ともに僕は立ち会いました。
    38時間は本当長かったです。途中居眠りしてしまい、今でもそのことを怒られますが(笑)、ともに頑張るということは産まれてから子育てする上でも大事なことだと思いますので、まわりに立ち会いを薦めています。
    病院か自宅かということではなく、いかに納得のいくところで産めるかということは良く理解できます。
    ちなみに義姉は帝王切開なので、色々な感動が無いようです。
    話がアチコチいきましたが、あさひさんが「かーちゃん」て呼ばれていることが、なんか面白かったです。
    最後に変な締めくくりでごめんね~。

  • #3

    村上あさひ (月曜日, 11 3月 2013 23:43)

    猪谷さま
    お孫さん、歌歩ちゃん、お誕生日おめでとうございます。4歳の女の子。だんだんと口も達者になり、ただひたすら可愛らしかった時期からすると、少しムズカシイ年頃でしょうか。(うちの4歳は母と祖母にだけ、毒づいてます)

    3児の母になりましたが、こどもたちと対等にやりあってしまう、未熟な母です。まだまだですよ。
    ちなみに、孤軍奮闘のとーちゃんからは、「女子チーム」と呼ばれている私たちです。



  • #4

    村上あさひ (月曜日, 11 3月 2013 23:57)

    藤井くん
    コメントありがとう。
    それにしても、38時間!!奥さま、がんばりましたね!
    そして、私も、世のお父さんたちには何をおいても立ち会って欲しいと思います。

    呼び方は、「かーかー」→「かーちゃん」ときて、現在は「お母さん」です。